2018/05/29 16:13

Production Note

「ダウンタウンパレード」から3年間の旅の航海日誌。
マルチーズロックがニューアルバム「音舟」で開く明日への扉。



WOMEX(the World Music Expo)2014 @ Santiago de Compostela,Spain

 2014年10月、スペイン。サンティアゴ・デ・コンポステラでのWOMEX(the World Music Expo)に初めて参加した。沖縄音楽の海外マーケットでの失われた20年を取り戻すためにスタートした”Music from Okinawa”というプロジェクトの一環だった。世界最大のワールドミュージックの見本市であるWOMEX。そこでは世界各地のアーティストやプロダクション、レーベルがしのぎを削っていた。そこにはある種のコミュニティがあって、そこにどのように分け入ればいいのかわからなかった。欧米の音楽関係者の中には80年代後半から90年代にかけて紹介された沖縄の音楽が記憶の隅にあるという人もいたが、漠然と”沖縄音楽を世界に紹介する”という目的だけでは、そのマーケットの中での糸口を探すことは難しかった。その場にいて一つ感じたのは、漠然としたものではなく、自分自身が120%注力して売り込める音楽が必要だということだった。そんな思いから新たにレーベルをやるというアイデアにたどり着くのに時間はかからなかった。


 2015年11月、新たに立ち上げたレーベル”Music from Okinawa”の第一弾としてリリースしたのが、マルチーズロックのアルバム「ダウンタウンパレード」だった。
 那覇市の栄町市場を拠点に活動を行うマルチーズロックは、1997年、ボーカル・ギターのもりとを中心に結成された。パンクロック、ブルース、フォーク、ジプシー音楽、沖縄民謡、etc。あらゆる要素を貪欲なまでに吸収したその音楽は、沖縄という深いルーツを感じさせながら、ユニバーサルな広がりを持つ。魂を吐き出すようなもりとの歌声も相まって、どこにもないオリジナルな輝きを放つ。そこに三線の音色はないものの、ワールドミュージックという文脈の中ではとても力強い説得力を持つと感じたのだ。
 もりとが営む栄町の「生活の柄」のカウンターで話をしながらアルバムの妄想を膨らませ、そして具体化していった。



@ Warsaw, Poland Feb.2016


@ Budapest, Hungary Oct.2015

 「ダウンタウンパレード」のリリースをきっかけにマルチーズロックの活動は大きく広がった。「橋の下世界音楽祭」、「Asylum in Fukushima」、「焼來肉ロックフェス」といった、日本国内の志あるインディペンデント音楽フェスティバルに招かれるようになったほか、ポーランドのワルシャワや台湾の台北などでライブの機会を得た。もりととは、2015年、ハンガリーのブダペストでのWOMEX(the World Music Expo)を訪れ、翌年、2016年には、マルチーズロックとして、再びスペインのサンティアゴ・デ・コンポステラで開催されたWOMEX(the World Music Expo)の、オフィシャル・ショーケースに出演する機会に恵まれた。
 しかし、そうした世界の舞台の玄関口には立ったものの、何かしら自分たちに足りないものや、不完全燃焼な気分を強く感じていたことも事実だった。目の前に立ちはだかる壁を乗り越える術は、やはり音楽しかないということも十分に認識していた。

@ WOMEX(the World Music Expo) 2016 ,Santiago de Compostela,Spain

 次のアルバムの方向性については、彼らのライブを定期的に見たり、話をする中で、何となく想像していた。自分たちの足元である、沖縄への回帰。旅先で受け取った有形無形の影響が、その音楽にフィードバックされているように感じられた。ワールドミュージックというジャンルで活躍する海外のアーティストは、常に自らの足元を見つめながらあらゆる試みを行っている。もりと、そしてマルチーズロックも、新たな音楽への手がかりを見つけられたのではないかと思った。
 「このアルバムは売れない」。もりとは“生活の柄”のカウンターで、新作「音舟」のプリプロダクションの音源を流しながらそう話した。いわゆる耳障りのいいロックやポップミュージックとは異なっていた。しかし、音楽の中心には図太い芯があって、「沖縄」という強靭なアイデンティティがほとばしっていた。それは、この3年ほどの間に重ねてきた旅で得た収穫と言えるもので、バンドとしての世界に向けた明確なステイトメントであった。


@生活の柄(那覇・栄町)

@ 橋の下世界音楽祭(愛知県豊田市)2017年5月

 レコーディングは2018年4月上旬、ベースの上地gacha一也がオーナーを務めるライブハウスgroove(浦添市)で行った。マルチーズロックのホームとも言える店内いっぱいに楽器を配して、録音機材を持ち込んでのレコーディングは前回と変わらない。紡ぎ出される音楽は、より多くの要素が混ざり合い、どこか不穏さをにじませながらも、明日へと向かう明確な意思が示されていた。
 今回、レコーディングに新良幸人さん(THE SAKISHIMA meeting / パーシャクラブ)と多田葉子さん(こまっちゃクレズマー)が参加してくれたことで、バンドの音はより幅を広げるとともに、深度のあるものになった。

Recording with Yukito Ara @ groove,Urasoe-city,Okinawa

 世界の隅々に至るまで、実に様々な音楽が人々の暮らしに息づいているということは、この約3年間の旅で実感した。アルバム「音舟」は、その間にマルチーズロックが描いた航海日誌とも言える。彼らの旅の大半に同行し、その音楽に触れてきた私自身も非常に勇気づけられた。新しい世界に分け入るきっかけになるのではないかと感じた。マルチーズロックは、「ダウンタウンパレード」で描かれた風景を遠く離れて、新たな世界への扉を開いたのだ。

野田隆司(Music from Okinawa プロデューサー)

マルチーズロック「音舟」ツアー 2018
6/5  (火) 【Live】桜坂劇場(with Hanggai / ハンガイ from 中国・内モンゴル)(沖縄県那覇市)
7/21(土) 【Live】焼來肉ロックフェス(長野県飯田市)
7/22(日) 【Live】ネオンホール(withタテタカコ・他) (長野県長野市)
7/24(火) 【Live】Easygoing(埼玉県越谷市)
7/25(水) 【Live】地球屋(東京都国立市)
7/26(木) 【Live】月見ル君想フ(with THE END)(東京都渋谷区)
to be continued...